Voyage de VARNA冬です。

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どうしても私は。 23:00
人間が誰かに愛されたり、誰かを愛したりする事が納得出来ない。
「人間」という生き物は最後は自分が惜しい。自分が大切。
新作の筆が全く進まない。人は人を利用する為に生きて居る。
そうであるならば「縁」が駆逐してしまえばいい。

そう、思えてしまえて一文字も前に進めない。
| 乾裕子 | comments(0) | - | posted by VARNASTAFF - -
「百年の孤独」 14:58
それが私達を繋いだ曲だった。
 
| 乾裕子 | comments(2) | - | posted by VARNASTAFF - -
百年の孤独。 20:58
EPOというシンガーソングライターの曲に「百年の孤独」という曲が有る。

これが私の原風景なのだと思う。自分に何が出来るのか、自分に何の意味があるのか

そうなのだ「目覚めた魂のしずかな独り言」それが、私の作品。


全ては別れの時の為に。「言い換えるならそれは・・・」

決して「さようなら」という言葉を使いたくはない。

百年残る言葉を選ぶのなら、それは「ケイゾク」されなければならない。


多くのものを失い、微々たるものを得る。それが人生。
痛みの方が多く、悲しみの方が多いのは自分だけじゃない。

人生というのは「痛い」。

中2、中3の時に貝沼の家には6人〜8人の人間がいつも
集まって下らない話をしたりゲームをしたり、あいつの周りにはいつも
人が集まっていた。だけど、あいつは孤独だった。

自分の事がよく分かってない生き物なのだ。
なので手紙を書いてあげるのだが、あいつは真面目に読もうとしない。

あなたは多分、死ぬまでそういう生き方しか出来ない。

孤独が孤高の存在になるまでの旅。それがVARNA。

誰もが一人で死んでいく。何を残すかを決めるだけ。


柄にもなく、貝沼がナーバスになっているので
久々にブログを書いてみる。ここに来て、この文章を読んで。
それでも旅が見たいのなら、明日も見に来ればいい。

私達はただの人間だ、だけど「魔法」を持っている。

それは誰の心にもあるのだけれど「使い方」は少し難しい。

後は阿辻直也にまかせようと、思う。明日は貴方が当番だから。

私はもう少し「縁の鵺」を進めようと思う。

 
| 乾裕子 | comments(0) | - | posted by VARNASTAFF - -
格言 09:00
今日という日が人生で最も若い日だ。
そして
今日という日が人生で最も老いた日だ。

どちらを取るのかは「あなた」次第。

私は「前者を取ります」。
| 乾裕子 | comments(0) | - | posted by 乾裕子 - -
舞台を造るという事。 09:00
年に一人。

数年に一人か二人。

日本の何処かの舞台で「死亡者」が出ます。
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| 乾裕子 | comments(0) | - | posted by 乾裕子 - -
ふと、思った事。 07:21
人は「その一日」で老いる事も、成長する事も出来る。


おはようございます。今日も「その一日」です。
 
| 乾裕子 | comments(1) | - | posted by VARNASTAFF - -
書く事は悩む事、書く事は悩みに答えの1行目を書く事。 23:15
「うちゅうひこうしのぼうえんきょう」を思いついて
2日で「うーん」となってしまった。これって昔見た映画と基本的に
構造は同じで、距離が違うだけだなぁ

と思ってしまうと、もう一度、考えをゼロにして考える。

スペースデブリの話を書こうか?
いや、そんなのSF界じゃ、定番中の定番。

でも定番だからこその切り口があるんじゃないだろうか?


2時間、悩む。そして今も悩む。


空想が羽ばたくのを待つのは、長い作業だけど辛い作業だけど
必ず「形」にしてみたくなるから不思議だ。




| 乾裕子 | comments(0) | - | posted by 乾裕子 - -
心に穴が空く。 10:42
他人の作ったケーキに驚き、他人の作ったカレーに驚き
他人の作った空想に驚き、他人の作った歌に驚く事があります。


私はそれを「心に穴が空く」と自分の中で表現します。
ぽっかりと、打ち抜かれたように心に穴が空きます。


人間という生き物はよく出来ていて、例えば肉体が同じように
傷を受けたとしましょう。ぽっかりとあいた傷は埋まります。
前よりも頑丈に作るように肉体は努力します。


貝沼君と阿辻君と梅津さんと「風立ちぬ」を見に行きました。
ぽっかりと空いた穴の先に、空想のレンズが見えました。


私の空想力はまだ尽きていない、まだ創造の10年は終わっていないと
思いました(宮崎駿監督談「人間の創造は10年が限度」)


レンズの先に見えた宇宙に空想のロケットを打つ。
そういうお話を書こうと思いました。それがどんな結末になろうと
私がそれを書こうと思った瞬間に、それは存在していい空想なのです。


その空想が誰かの現実を揺れ動かすかもしれないのなら
ここからあなたのこころを空想のレンズで覗きます。


書いて欲しい作品を書くのも作家の役目なのです。
なるほど、わかりました。もっともっと夢が欲しいのですね。


私はそれを書こうと思います。


「うちゅうひこうしのぼうえんきょう」


とでも名付けましょうか。そんな空想を描こうと思います。
筆を折るのはまだまだ先の話だったようです。



宮崎駿監督に感謝
パーキンソン病を克服して歌う樋口了一さんに感謝


このブログを読んで頂いてる方に感謝。

| 乾裕子 | comments(0) | - | posted by 乾裕子 - -
「六道の月」と「あやかしの朧雲」話 07:23
過去作を振り返りながら、前を見据えようというこの企画。

六道の月は実はVARNAの作品中
最多の3回再演をした作品でもあります。

辛木藤右衛門というへなちょこ侍が「橘」という妖刀を拾い
その妖刀には「野神左近」という鬼と畏れられた修羅が
宿っていた。右と左の宿命を背負った正反対の二人。

と、設定だけ書くと本当に何処にでもある話なのですが

実はこの六道の月は最初は「二人芝居」でした。

しかもそれは「彩の骸(さいのむくろ)」というお芝居に
登場した「橘」という男が私の中で、魅力的なキャラクターで
あった事から「外伝的」に作られた作品でした。

「橘」という刀を作った刀匠の名前は「橘」というのですが
(つまり自分の名前を自分の刀に付けた訳です)

これも二人芝居バージョンでは「橘」と言う名の男でした。

この二人芝居に大幅に脚色し、加筆修正したのが

「真説・六道の月」

でした。ここには「壬生晴十郎」という侍が追加されたり
橘という刀匠は双子の姉妹になり「橘甲菜」「橘乙樹」と

「康庵」という尼が出てきたりと、それはもう
既に「同じ話なのか?」という程、加筆修正しました。

しかし更にそれに加筆修正を加えタイトルも元に戻し

「六道の月」

として再演を行いました。これには更に野神左近の過去が
描かれたり、没になった坊主がいたり、もしも再演をするのなら
更に加筆修正する事でしょう。



劇作家として加筆修正する事、脚色し「違う話」にする事は
私は私自身の「進化」だと考えています。ですからいつも
「過去作のままが良かった」「新作の方が良かった」と
言われる時に「どちらも嬉しいです」

また今度、加筆修正する時に「過去作の良さ」と「新作の良さ」を
天秤にかける事が出来るからです。



そしていつも言われる事がもう一つあります。


伏線の張り方についてです。



例えばこの「六道の月」は「あやかしの朧雲」の「続編」なのですが、
六道の月の主人公ではない方の「野神左近」が「あやかしの朧雲」の主人公です。

それは最初から考えていたのですか?と聞かれます。

私は「いいえ」と答えます。


キャラクターに命を与えてくると自然にキャラクターに人生が刻まれ
同時に時間が進行し、ここまで彼が歩んできた道筋が見えるのです。

悪には悪の、鬼には鬼の理由と通りというものがあるのです。

台詞を書く度に「何故、そんな事を言うようになったのか?」
「何故、その人生を選んだのか?」もっと単純に「何故強いのか?」など

思う事があるのです。

鬼と畏れられた修羅「野神左近」が「鬼」となった理由。
六道の月のラストを執筆しながら、その台詞の中に
「あ、この人、この台詞を言うのは人生で二回目な気がする」

という台詞が出てきたのです。同時にその光景も。

千人斬りを果たし、死体の山の上でまるで、咆哮のように泣いている「鬼」
その傍らに一人の女性の死体。それが誰なのか?私自身が知りたく
なったのです。

辛木藤右衛門も外伝的に生まれ
野上左近も外伝的に掘り下げられたキャラクターなのです。

ちなみに左近の側で死んでいたのは「咲夜(さくや)」という芸者でした
「木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)」という日本神話に出てくる「桜」の
語源となった神の名からとった「源氏名」でした。


あやかしの朧雲は近江と京の都を舞台に繰り広げられる作品で
「上七軒」という日本最古の「花街」から物語が始まります。


最後の最後に何故、左近は千人を相手にしなければならなかったのか
どうして咲夜は死んでいるのか?そして何故「橘」の中に存在し
「六道の月」に登場するのか。



もうすぐVARNAのウェブサイトで通販が復活するとの話があります。
この2作品は台本もDVDもありますので、是非、興味のある方は
お買い求め下さい。


ちなみに、左近が千人斬りをする場所は京都御所なのですが


京都御所には


「左近の桜、右近の橘」という


天皇から見て左手に桜、右手に橘が植えられた場所があります。


左近は「咲夜」と共に
藤右衛門は「橘」背負い生きて行く


これも伏線は考えられたのですか?とよく聞かれました。


「いいえ、偶然でした。私も後から聞いてびっくりしたくらいです」


これが本当なのです。私は作家であるという感覚より
発掘家であるような気がします。


仏像の彫り師が既に、その木に宿る仏が見えると言ったり
キャンバスは同じでも描かれる絵は既に決まっていたり
そんな感覚によく似ています。

この二つの芝居は丁度、右と左、藤右衛門と左近の交わらぬ二人が
それぞれの人生をぶつけあう話なのです。






よろしければ是非、夏までにはストアも再開出来るかと。


次回は「OCTET」の話でも書こうと思います。





| 乾裕子 | comments(0) | - | posted by 乾裕子 - -
「空転する過去、回転する未来」 23:59

 「メリーゴーランド」の嫌いな子供でした。人間には自由があるのに

彼らには自由がなく、例えば馬のオブジェも馬の形はしているのに、好きな

場所に歩き出す事も出来ず、乗り込んだ人間の意思で操縦する事も出来ない。

それは、例えるのなら「空転」する、ただ無意味なモノに思えたからです。

観覧車も同じです。ゆっくりと同じ円運動を繰り返し、毎日毎日同じ速度で

周回運動を繰り返し、それに何の意味があるのか分かりませんでした。


しかし、それは「乗り込む事」で一変するのです。同じように見えていた

遊園地の景色が回り出し、手を振る家族や友人、何周も何周も世界が回るのです。


観覧車も同じです。あの方向には私の家がある、友達の家はもっと向こうだ

そんな話をしながら、小さくなっていく人々、車、町並み、上空から見下ろす

景色はまるで「巨人の目線」なのです。ただ同じ動きをしているように思えて

いたのは、私がこの景色の変化を「空想」していなかったからだったのです。


ああ、そうか、この景色を私に見せる為に回り続けていたのだ。決して無意味な

空転を繰り返していたのではなく「意味のある回転」を繰り返し私が乗り込む時を

待っていてくれたのだと。何も変わらず回り続けていたモノは、私の中で

「空転」から「回転」という言葉にほんの少しだけ変化したのです。

そこから私の景色はほんの少し変わりました。屋上に上って空を眺めて鳥の目線を

空想したり、海辺の景色から、広大な魚の世界を空想したり。気がつけばそれを

文字にする事を選んでいました。そうやって私の作品は出来ています。


 私達の一年数ヶ月も、まるで空転する毎日でした。過ぎていく日々の中で

生み出された物語はいくつもあるのに、私達は「空転」し、その作品達は

誰の目にも触れる事も、発表される事もありませんでした。それは何故か?

私達は自分達がVARNAというモノを作った意味を見失ってしまっていたから

なのかも知れません。空転する日々、そして通り過ぎていく時間。もう一度

作品を発表する事にしたのは、私達自身が一歩前に進み出さなければ、誰も

この円運動の意味を知らぬまま時間だけが過ぎていくのだと思ったからです。



「VARNAがもう一度VARNAを作る」



それが今の私達のコンセプトです。私達は「劇団」ではありません、私達が最初に

作ったのは「VARNA-The Another Words-」という「作品」だったのです。

「決して後悔を描かない旅」をする「空想の旅団」それが「VARNA」です。

円運動を続ける、メリーゴーランドのように、観覧車のようにここにあります。


この円運動の動力は私達の「空想」です。私達はこの円運動の中心であり続けたい。

動力源であり続けたいと考えています。空転する過去は終わり、私達は回転する

未来へと動き出さなければなりません。それはあなたを、まだ見た事のない

景色へと導く為かもしれません、共有したいからかも知れません。あなたがもしも

日常の中で空想を忘れてしまっていたのなら、私達の作品に乗り込んでみて下さい。

普段の景色が違って見えるかも知れません。在り来たりな世界が、まるで別世界の

ように思えるかも知れません。だから私達は回転し続けるのです。永遠にでは

ありませんが、ここに空想があるのなら限りなく無限に近い、有限の時間の中で。



はじめまして。ここからもう一度、空想の旅路の第一歩を記します。



VARNA-The Another Words-   作家 乾裕子



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