Voyage de VARNA公式サイト形だけは阿辻が戻してくれた。専門外なのに偉い。
訂正して修正するのもそこまで時間はかからないそうだ。

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「空転する過去、回転する未来」 23:59

 「メリーゴーランド」の嫌いな子供でした。人間には自由があるのに

彼らには自由がなく、例えば馬のオブジェも馬の形はしているのに、好きな

場所に歩き出す事も出来ず、乗り込んだ人間の意思で操縦する事も出来ない。

それは、例えるのなら「空転」する、ただ無意味なモノに思えたからです。

観覧車も同じです。ゆっくりと同じ円運動を繰り返し、毎日毎日同じ速度で

周回運動を繰り返し、それに何の意味があるのか分かりませんでした。


しかし、それは「乗り込む事」で一変するのです。同じように見えていた

遊園地の景色が回り出し、手を振る家族や友人、何周も何周も世界が回るのです。


観覧車も同じです。あの方向には私の家がある、友達の家はもっと向こうだ

そんな話をしながら、小さくなっていく人々、車、町並み、上空から見下ろす

景色はまるで「巨人の目線」なのです。ただ同じ動きをしているように思えて

いたのは、私がこの景色の変化を「空想」していなかったからだったのです。


ああ、そうか、この景色を私に見せる為に回り続けていたのだ。決して無意味な

空転を繰り返していたのではなく「意味のある回転」を繰り返し私が乗り込む時を

待っていてくれたのだと。何も変わらず回り続けていたモノは、私の中で

「空転」から「回転」という言葉にほんの少しだけ変化したのです。

そこから私の景色はほんの少し変わりました。屋上に上って空を眺めて鳥の目線を

空想したり、海辺の景色から、広大な魚の世界を空想したり。気がつけばそれを

文字にする事を選んでいました。そうやって私の作品は出来ています。


 私達の一年数ヶ月も、まるで空転する毎日でした。過ぎていく日々の中で

生み出された物語はいくつもあるのに、私達は「空転」し、その作品達は

誰の目にも触れる事も、発表される事もありませんでした。それは何故か?

私達は自分達がVARNAというモノを作った意味を見失ってしまっていたから

なのかも知れません。空転する日々、そして通り過ぎていく時間。もう一度

作品を発表する事にしたのは、私達自身が一歩前に進み出さなければ、誰も

この円運動の意味を知らぬまま時間だけが過ぎていくのだと思ったからです。



「VARNAがもう一度VARNAを作る」



それが今の私達のコンセプトです。私達は「劇団」ではありません、私達が最初に

作ったのは「VARNA-The Another Words-」という「作品」だったのです。

「決して後悔を描かない旅」をする「空想の旅団」それが「VARNA」です。

円運動を続ける、メリーゴーランドのように、観覧車のようにここにあります。


この円運動の動力は私達の「空想」です。私達はこの円運動の中心であり続けたい。

動力源であり続けたいと考えています。空転する過去は終わり、私達は回転する

未来へと動き出さなければなりません。それはあなたを、まだ見た事のない

景色へと導く為かもしれません、共有したいからかも知れません。あなたがもしも

日常の中で空想を忘れてしまっていたのなら、私達の作品に乗り込んでみて下さい。

普段の景色が違って見えるかも知れません。在り来たりな世界が、まるで別世界の

ように思えるかも知れません。だから私達は回転し続けるのです。永遠にでは

ありませんが、ここに空想があるのなら限りなく無限に近い、有限の時間の中で。



はじめまして。ここからもう一度、空想の旅路の第一歩を記します。



VARNA-The Another Words-   作家 乾裕子



| 乾裕子 | comments(0) | - | posted by VARNASTAFF - -
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