Voyage de VARNA紅葉の季節ですが、白根山ではもう雪が降ってるよ。

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東京散歩。母の背中。 02:28

忙しくて寝る暇もないなか、入院中、何度か上京してくれた。

俺の部屋も掃除してくれたらしく、入居したてのようだった。

母は僕の部屋で一泊したらしく、カーテンが遮光カーテンじゃ

ないからと、カーテンを買いに行こうと言った。が、もう僕は

とりわけ遮光カーテンが欲しいとは思わなかった。

 

 

病院食はマズくはないけれど、美味しくもない。しかも量が

少ない。老人も僕らも同じ量を食べる。腹が減るに決まっている。

食堂にある製氷機で氷を出してはスナック菓子のように食べて

いたが、それも隔離病棟になってから出来なくなった。

接触感染するので外に出られないのだ。だからポカリスエットを

売店に買いに行くの一つでも看護師さんにお願いしなければならない。

 

窮屈な食生活を強いられていた僕は、出たら何を食べようかと考えて

ばかりいた。そこで遮光カーテンなんかより、何か美味いモノを

食いに行こうと母に提案したのだ。観光の一つも出来ないで帰るのも

申し訳ないのでせめて食い物だけでも何か東京にしかないものを

 

母が提案してきた「寿司」。

妹と最初にこちらに見舞いに来た時に部屋の掃除を終えて

銭湯にいったらしい(近所にある)湯上がりの所を何を食うかと

いう話になって、検索した所、近所に寿司屋がある。

 

「ああ、あの店か」ほぼ毎日通る道にあるので、正直

物珍しさは何もなかった。しかし母が言うには美味いらしい。

昼12時〜14時までがランチタイムだ。と言ってもランチメニューが

あるわけではなく、逆に言えば夜の方がリーズナブルな価格と言える。

 

一人前 2500円〜 一つ上のランクが2700円

二人で2700円の「旬」というメニューを頼み、しばし涼む。

外は33度、母は矢も楯もたまらずといった感じで、冷たい緑茶を

注文した。田舎の人間には都会のアスファルトの暑さは堪えるようだ。

 

僕は熱い緑茶を一口のみ、入院中にあった出来事や、世間話をした。

何せ隔離病棟だからW杯の結果も、歌丸師匠の死も、広島の大雨も知らない。

母も母で、隔離病棟の中での生活がいかに不便で一日がどれほど

長く感じられるかをしらない。元々、母はおしゃべりな方で(関西では普通)

会話に困ることはなく寿司が運ばれてきた。色彩豊かな大皿にまさに旬の

ネタが揃っている。

 

「コハダがないね、コハダは旬じゃないのかしら」

 

正直、俺もコハダが食べたかった。追加注文が出来て料金も明朗会計。

2貫で200円から頼める。こんな住宅街にある店だ、味も値段も

良くなければ続けられるワケもない。

 

「ここの大将、私の一個下なんやで」

「なんで、そんな事がわかったん?聞いたの?」

「調理師免許の証書の所に生年月日が書いてある」

 

店の入口に飾られているいくつもの証明書や賞状。メガネを忘れた

からなにも見えなかったが、その数からこの店はかなりの優良店とみえた。

見えたも何も一口寿司を食えば「一口瞭然」久々に寿司らしい寿司を食った。

 

寿司と言えば回っているものばかりで、ゆったり座って握りを食うなんて

何年ぶりだろう。追加でホッキ貝、母は「トロタク」を注文した。

恥ずかしい話だが、僕はこの「トロタク」というものを30過ぎるまで知らなかった。

最初「なんじゃそりゃ?トロと沢庵が本当に合うのか?」と思って今日に至るまで

まともな寿司やで食った事はなかった。以外に盲点のような食べ物を食べた事が

なくて「とりわさ」「たこわさ」という、居酒屋の常連メニューも30過ぎてから食べた。

 

「トロタク一個頂戴」

 

母のトロタクは6個だったので1個もらう事にした。トロタク初体験である。

・・・トロと沢庵の味がした。美味しいか否かではなくトロと沢庵の味がした。

握りはどれもうまく、貝類が多く入っているのでホッキ貝を追加注文したのは

失敗だったかなぁと思った。夏は貝の季節なのだろうか?当然、中トロ大トロ

うに、いくらなんて定番もそろっている。量もそこそこ多く。女性なら満腹になれるだろう。

 

寿司を堪能したあと、会計は母が払ってくれた。出す気だったが退院祝いだと

思いありがたくごちそうになっておいた、遮光カーテンなんかよりずっといい。

店を出た後、最寄りの駅まで話しながら歩いた。とりとめもない母と息子の会話だが

俺は家族と腹を割って話した事など皆無に等しかった。漫画家の妹となんか、一緒に

大勝軒(つけめん屋の元祖)に一緒に行った時も、殆ど会話らしい会話などしていない。

 

母ともそうだ、進学の時も勝手に決めて勝手に合格し、私立校で学費も安くはなかっただろう。

東京に帰ってきて一年以上になるが、ここに母がいる事が奇妙に思えて、今の時間軸さえも

どこにあるのか分からなくなってしまう程、違和感のある、強いて言えばディズニーランドに

くまモンがいるような感じだ。しかし、これは紛れもない現実。僕は先ほど退院してきて

一食目でいきなり寿司を食い、駅に向かって母と歩いている。バラバラのパズルを無理矢理にでも

一枚にする為に、必死に何かを喋ったような気がする。駅の方向や、寿司屋の目の前にある

図書館の話や、孤独のグルメに出てきた店が2軒あるけど行ってみる?など。さっき寿司を

食ったばかりなのに、もう次の飯の事を考えていた。

 

親子が元気で、東京で外食するなんて最後のチャンスかもしれないからだ。

 

母は年の割には元気だ。年齢を言うと看護師に驚かれた。いつも交渉ごとやトラブルの解決で

口は非常に達者だし、最近は「銀髪が流行ってるから染めるのやめてん」と

自慢のシルバーヘヤーを見せてくれた。

 

「ワンポイントでもカラーリングしといたら、白髪じゃなくて

 オシャレとしての銀髪になるからいいんじゃない?」

 

銀髪に少し残っていたカラーの部分を指摘して、あくまでも銀髪である事を

選んでいるようにしてほしかったのだ。世間で銀髪と言えばもう「バァさん」である。

しかし、うちの母親はあと20年は生きると思う。タバコを吸うので肺がんにならなきゃ。

 

母は僕のような入院マニアとは違って、出産時に入院した時以外一度も入院してない

らしい。僕はといえばインフルエンザ肺炎にはなるし、変な腸内細菌に汚染されるし

入院ばかりしている。二度とごめんだ。次入院する時は死ぬ時にしようと密かに思っている。

 

駅までついたら母が「こっちの方向に駅があるんでしょ?」と指さした。それは駅の

逆のホームだった。目の前に池袋方面に近いホームがあるのにだ。さっきの寿司屋では

調理師免許で生年月日を見つけた洞察力は何処へ行ってしまったのだろうか、と

少し心配になった。土地勘がないとは怖いものである。母は足腰も丈夫なので

エレベーターは使わず階段で普通に地下へと降りた。改札でもたもたするのかと

思ったら、当然のようにICカードを持っていた。しかし、便利な世の中になったもので

ある。やろうと思えばiPhoneでSUICAが使えるのだから。一昔前に僕が「携帯電話を

チケット代わりにしてそのまま入場するシステムは出来ないか?」と言った。

 

SUICAが出来る前の話だ。QRコードはあったからそれならいけるが管理が大変だと

言うことになり却下になった。しかし、今、日本に訪れている中国人達は

「携帯電話で支払えますか?」と聞く。コンビニの店員は困った顔をするSUICAでも

dカードでもなく、Paypalのように携帯にクレジットカード機能がついているのだ。

中国の都会では現金で支払う方が珍しいらしい。

 

これは余談だが、中国には都会国籍と田舎国籍ってのがあって。基本的に都会に

生まれたら都会で暮らし、田舎で生まれたら田舎で暮らす。変更は難しいらしい。

富裕層と貧困層の差があまりにも激しいのが中国という大国の悩みの種なのだ。

 

さておき、池袋に向かって地下鉄は走る。たかだか4キロの距離で2駅だ。

田舎なら歩いて行く距離だ。だから普段池袋に出るときは僕は大抵、自転車を使う

往復320円は大きい。10回で3200円だ。東京は便利で狭いと言うが実は

不便で広い。何処に行くにも電車かバス。東京で車を持つ意味はあまりないように

思える。家族がいればまた別なんだろうけれども。独り身の僕が車を買ったって

駐車場代だけで家賃の半額になるよ。だから自転車乗りには天国のような場所。

車道に自転車専用レーンがあるくらいだから。だからロードバイク乗りをよく

見かける。しかし彼らはあの軽装で何処にいくのだろうか、謎である。

 

池袋に着き、喋るなら何処かに入らないといけない。前に大阪の友人がこちらでは

どこにでもあるチョコクロワッサンをえらく気に入っていたので(関西にはない)

サンマルクカフェに入った。駅からも近く、近頃の喫茶店には珍しく喫煙ルームが

ある。余談だが僕はタバコを吸わないが、吸う人がいなくなると困るので

分煙をしっかりすれば別にタバコを毛嫌いする事もないんじゃないかなぁと思う。

アメリカじゃ一箱800円くらいするけど。日本のタバコもどんどん高くなるだろう。

愛煙家は苦しいなぁ。シガーバーに行って葉巻を吸ってると言えば何となく

格好いいけど、コンビニの前の灰皿でタバコを隠すように吸っているサラリーマンは

少し気の毒に思える。

 

母はブレンド、俺はアイスコーヒーを注文しチョコクロワッサンを一口食わせた。

まぁまぁという感想だった。本当に味覚というのは人それぞれで、絶賛する一もいれば

母のようなリアクションもあるわけだ。

 

ここで親子の会話が始まる。この年齢になっても子は子だ。親の言う事はなるべく

聞くべきである。俺は親からああしろこうしろと言われた事は一度もない。部屋を

片付けろとはよく言われたが。あと、布団干せ(笑)だが、もうそんな自由奔放な

生き方が出来る年齢ではない事やら、妹は漫画家デビューしちゃってるわで

兄として子として肩身の狭い、本当に数センチくらいしかない肩身で生きている。

 

2〜3時間ほど話して15時になった。夕飯には早い。かといってまた別の店に

入るのも嫌だし、サンマルクカフェでは3回もおかわりをした。レジ横のポップに

二杯目半額キャンペーンは6月30日で終了しました、の文字が少し悔しかった。

 

「その財布をポケットにいれるのなんとかしてくれない?」

 

母がむき出しの財布をジーンズのポケットにしまっている自分に苦言を呈した。

鞄はあるにはあるがリュックタイプなのでそこに携帯と財布だけ入れて

スカスカのリュックもどうかと思っていた。「鞄買ったろ」母が言うので

「じゃあ東急ハンズに行こう」とお上りさん状態の二人はサンシャイン通りを

真っ直ぐに東急ハンズに向かった。

 

田舎のホームセンターなら容易に手に入るものが、都会ではなかなか手に入らない。

カーテンをフックに繋げる金具、メジャー、六角レンチ・・・。都会はコンビニと

スーパーだけあれば生活が出来てしまうのだ。しかし田舎はそうじゃない。

実家の庭の薔薇のアーチは近所のスーパーには売ってない、東急ハンズだって危うい。

今年はバジルを植えたから土とかプランターとか必要で困っていたら、自宅の近所に

園芸屋があってそこで購入した、そこがないならもうハンズに来るしかない。

 

東急ハンズはお値段こそ定価だが、まぁ生活に必要なものは大抵揃ってしまう。

ロードバイクから、そのパーツ1個レベルまでおいてある。木材だって揃っているし

頼めば思い通りの寸法にも切ってくれる。田舎じゃ結構普通の話だが、都会じゃ

ハンズくらいしかこんなサービスしてくれない。ホームセンターは23区内には

ほとんどと言っていいほどないし。

 

さて、鞄である。とりあえず初ハンズなので最上階から順番に降りていこう

という事になり、ハンズ名物「ねこぶくろ」から・・・と思ったが。4月に

猫を脱走で失ったショックがまだあったのか、こういう所の猫は人間慣れし過ぎてて

愛想がないのを知っててか、入場料が700円もするのを加味したのか、ハムスターや

熱帯魚のコーナーに移動する。しかし、母はネズミが嫌いなのでハムスターは可愛いが

やはりあまり好みではないらしい。話題の踵を返すように「カエル飼ってみたいんだよねー」

などと言うと「ウチの庭に今年からウシガエルがやってきてるので持って帰り」と

冗談を言い出す。ウシガエルを飼っている人などいるのだろうか?最上階はとりわけ

収穫もなく、下位層にどんどん降りていく、ここはあえて階段でと思い階段で。母親の

体の調子も伺いたかったのだ。・・・別になんともなく普通に階段で降りていく母。

 

鞄売り場に到着して、ショルダーバック型のものを選んだ。母親も自分のバッグを

新調しようとしているのだが、十数年前に出会って今でも愛用しているバッグを

越えるものがなく、東急ハンズのラインナップでも母親のお眼鏡にかかるモノはなかった。

 

30分ほどハンズを見て回り、帰宅の新幹線を予約する手配を妹にさせようとしていた。

 

「何時頃に帰るん?」

 

まだ母親に食わせたいモノがあったので確認してみる。時間はまだありそうなので

ハンズから出て北池袋の治安の悪い地域を通り、西池袋へ。「おかん、天然の鯛焼きと

養殖の鯛焼きって知ってる?」母親は知らなかった。殆どの人が知らないだろう。

鯛焼きと言えば4匹か5匹がプレート状に並べられ、そこに生地を流し、餡を入れて

その上から更に生地をかけ、反対側のプレートでプレスして全体をなじませれば

出来上がりという代物だ。しかし天然の鯛焼きというのは一匹焼きなのだ。鯛焼きの

プレートが一匹一匹で分かれていて、それをガスバーナーの上で転がすように焼く。

生地や餡の行程は同じなのだが、鯛焼きとは本来こういう食べ物なのである。

あの「およげたい焼き君」のモデルの店も天然の一匹焼きだ。小豆も十勝の小豆を

使っており、甘いものが嫌いな僕でも「ここは一度食べてみて」というような店だ。

 

1個のたい焼きを買い。半分にして母に渡す。「おいしいわ」やはり、ここのたい焼きは

そんじょそこらのたい焼きとは違う。平日の夕方だから並ばず変えたが土日は行列だ。

10個単位で手土産にしていく人が多いのだろうと思う。ケーキばかりじゃ退屈だし

やはり日本人は緑茶でもてなして貰った方がなんだか嬉しいものである。

 

たい焼きを食べ終わると、そろそろ帰宅の事を考えなければならない。僕の癖で集合時間の

1時間前にいたり、面談の30分前に集合してたりする。遅れるより遙かに良い。

東京駅へは山手線か丸ノ内線で行けるのだが、丸ノ内線は国会議事堂前とか皇居の下を

通っているので、景色は見えないが丸ノ内線で行く事にした。山手線は混むし

鶯谷や西日暮里あたりのラブホ街の話をしても全く面白くないので丸ノ内線にした。

 

30分ほどで東京駅に着く。自転車と変わらない速度だ。池袋から東京駅までなら30分で

行けるだろう。本当に地下都市と地上都市とでは別の人格を持っているかのような街

それが東京である。丸ノ内線の唯一いい所は茗荷谷駅から先で一度地上に出る。

東京ドームが拝めるのだ。その横にある温泉施設のラクーアでAKBのあっちゃんの引退

公演を寝そべりながら聞いていたのを思い出した。ボリュームマックス。入れないファンも

大勢いて、もう外に居ても中の歌とか聞こえるからラッキーなラクーアでの夜だった。

 

東京駅。

 

何せ首都の玄関ですから駅がデカい。デパートが2軒くらい入りそうなくらい様々な

店舗が軒を連ねている。時計に鞄にアクセサリーに本当にデパートのようだ。ハンズと

違い様々な店が入っているので、品揃えもバラバラで東京駅で1日つぶせるなと

思うくらいだった。時計が欲しいなぁと思っていた僕は時計売り場で物色を開始した。

母親もあれがいい、これがいいと言ってくる。「俺、ベルトの部分が金属な時計って

ダメなんだよね」などと話していると「あんた、実家に時計一個あるがな。ほら、支援

して下さった方から貰った時計」・・・全然覚えてなかった。なら、それを使うという

事で今度何かと一緒に送ってもらう事にしようという事になっている。そういえば

こんな話を聞いた事がある。「時計とは買うものではない、貰うものだ」自分よりも

目上の人から時計を譲り受け、今の時計を自分よりも目下の者に譲る。すると出世と

同時に時計はどんどん高級品になっていき、自分で時計を買うよりも遙かにその方が

人と人との繋がりが出来るという話である。どんな時計だったかも覚えてないが

送られてきたらそれを身につけようと思う。次にまた時計くれる人に出会うまで。

 

さて、東京駅をぐるりと回り、歩き疲れたので少し休憩する。母親が前に東京に

来た時に買ったスイーツが何処に売っているか分からなくなったので探しているのもある。

小洒落た和風菓子の店に喫茶コーナーがあったので、柚ソーダとアイス抹茶ティーを

注文する。もうあと1時間半程で、母は帰宅するので話しておきたい事があるのなら

ここが最後だろう。といっても、とりとめもない話をして。今後の生活や母親の老後の事

何処まで現役でいられるかなんて、そんな話ばかりをしていた。少し涼んで夕飯の時間に

なった。何処かレストランに入っても良かったが母親の提案で駅弁を買って、それを

自分は車内で、僕は自宅で食べればいいという事になった。しかし東京駅は広い、しかも

お上りさん状態の二人は何処に駅弁売り場があるのか分からない。母曰く

「すぐにあったんだけどねぇ」。東京駅は外装と内装のように二つのブロックに分かれていて、

推理としては駅の中に入って駅弁を買ったんじゃないか?という結論に達した。

SUICAは入場券にはならないのは知っていたので入場券を購入。駅弁探しの旅である。

確かに駅の構内に入ればすぐに駅弁を扱うブロックがあった。北は北海道南は九州までの駅弁が買える。

 

悩んだ末に仙台の牛タン弁当にする事にした。前に仙台に行った時に美味かった記憶が

蘇る。そして何故か牛タンは1人前、1.5人前、2人前と余計な1.5人前というのが

ある。仙台でもそうだった。なんでだろ、2じゃ多いけど1じゃ物足りないのかな。

などと思いながらも退院したてなので1人前を2個買う。

 

そうだ、駅弁と言えば俺の大好物の「おぎのや」の峠の釜めしがあるかも知れない。

でもなぁ、さすがにいつもあるわけじゃないだろうからなぁ、などと諦めていたら

常駐で売っていた。さすがにこれには参った。つまり僕は自分の家から東京駅まで

くれば毎日だって峠の釜めしを食えたワケだ。有り難みという言葉が一気に崩れ去った。

しかも今の峠の釜めしはもう「釜」で売ってない。エコパックと言ってプラスチックの

どんぶりの容器に入っている。なんだかこれじゃ偽物みたいじゃないかと内心思いつつも

1個買ってもらう。母は按じているのだろう、退院したての自分が夕飯や朝ご飯を

まともに作り、食べられるのかどうかを。好意に甘え買って貰う。

 

さて、そろそろ時間である。案の定、北陸新幹線の乗り場と間違えてしまうという

東京駅あるあるを演じた後、東海道線乗り場に到着する。あれだけ時間に余裕を持って

いたはずなのに、喋っていたら出発まで5分とない時間となっていた。

 

とりあえず、俺は母親に手を出して握手を求めた。母はまだ力強い握手でそれを返した。

 

「東京観光もええな、今度来る時は海老フライと東京タワーやで」

 

なんていいながら、母親は見慣れないカードとSUICAを改札に通した。どうやら

妹が手配して切符なしでこのカードにチャージされた記録で改札をくぐれるらしい。

世の中知らないことだらけだ、と、東京に住んでいる自分が思った。考えてみれば

東京に住んでいるという事象だけで、東京という街を何も楽しんでもいなければ

探求もしていない自分、SUICAまではついて行けるが、最近か黒猫ヤマトでも

カードが採用されてナナコでチャージして料金は払えるわ、よく送る送り先を登録

したら勝手に印字された伝票が出てきて、本当に荷物を持ち込んでカード出せば

何も書く必要もなければ、現金を出す必要もない。

 

日本はキャッシュレスの世界では遅れを取っている国なんだけど(前記の中国人の話のように)

あのAppleがSUICA機能をiPhoneに搭載したのはオリンピック需要と、日本人のiPhone好き

に乗じたものだと思われる。だってアメリカ人にSUICAっていっても ぽかーん でしょ?

なにそれ?日本のキャッシュレスなんてアメリカ人には関係ないよ。それが本音だと思う。

前に読んだ事があるのだが、アメリカ人の半数はアメリカ以外に興味がないらしい。

アメリカが世界の全てで、アメリカ人ほど他の国に無知な人種も少ないと揶揄されていた。

 

俺のiPhoneにSUICAの機能つけようかな。母親でさえカードで切符なんかなしで新幹線に

乗る時代。俺だけなんだか取り残された気分だよ。やり方をdocomoショップで聞いてみよ。

 

さて、話は戻る。改札くぐった母は何度かこちらを振り返り手を振った。大の男が手を振るのも

なんなので、軽く手を上げて挨拶程度に返した。2回3回・・・そして彼女はそのまま東京駅の

人混みの中、背中を僕に見せながら振り返る事なくそのままホームに向かっていった。

 

あ、母親が死んだ時。この事を思い出すだろうなと思った。最後は背中を見て見送るしかない。

今は悠然と闊歩して歩いているが、いつかは腰も曲がり、杖をつき、ベッドの上で最後を

迎える。それは避けられない事実で、それは東京駅でもう振り向く事なくホームに向かって

行ってしまった背中によく似ている。時間は止められない、この人もやがて死ぬのだ。東京駅で

そんな事を思いながら母が見えなくなるまで僕は呆然と立ち尽くしていた。

 

あれだけ全国各地をジープで祖母を連れ回して旅をした祖父。母方の祖父祖母だ。

葬式の時に「もっと色々な所に連れて行ってやればよかった」と祖父は泣いていた。記憶が

確かなら棺の中には靴を入れたはずである。旅はまだ続くのだから、靴は必要だろう。

 

実家には帰ってくるなと言われている。理由は様々だ。小さなものから大きなものまで。

だけど最大の理由は如何にして東京という迷宮で僕が生きていくかという問いかけのように

思える。母は大変に僕の事を怒っているだろう。だから糾弾するわけでも、説教するわけでもなく

ただ、背中を見せてそのまま振り返る事なく自分の人生のレールに戻って行ったのだと思う。

時間はまってくれない。定刻通りに新幹線が発車するように。乗り遅れれば向かうべき場所へも

迎えなくなってしまう。母がこれから向かうのは「死」だろう。あと何年働くか分からないが

死ぬまで働いていそうな気がする。如何に死ぬか、少なくとも僕よりも短いレールの上で

母が考えるテーマである。では僕は?「死」はまだまだまだ早い。考えるだけお粗末だ。

少なくとも10年、考え行動する事になるだろう。それでも形になるかどうかなんて分からない。

ゴッホだって死んでから絵が売れたんだから。母は余計な事は言わない。僕が何とかすると

心の何処かで信じていてくれるからだと思う。それに応えるか否かは僕の決める事である。

 

母の背中はまだ大きくて(いや、背は小さいですけど)切磋琢磨という言葉やら紆余曲折という

言葉やら波瀾万丈やらいろんな言葉の似合う母親です。僕ですか?未だに毀誉褒貶、褒められたり

貶されたりして、それに一喜一憂するただの「小僧」としか言いようがないです。

 

さて、金曜日か。退院してもう10日あまり。7月も後半戦じゃないか。

風呂に入ろうか、寝ようか、このまま徹夜にするか悩んでます。

 

追伸

書くの面倒くさかったり、自分自身も退院してすぐだったので

時系列とか、カットした部分も脚色した部分も多いが

だいたい、こんな感じの一日でした。

| 貝沼大介 | comments(1) | - | posted by VARNASTAFF - -
Comment








遮光カーテンは、日光当たると蒸すからあんまりおすすめしません。個人的に。涼しい遮光カーテンをご存知の方いらっしゃいましたら、是非教えて欲しいです
posted by ゆうり | 2018/07/20 2:56 PM |
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